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森のようちえん きらめき

大阪府和泉市で森のようちえんをつくろうとしたが、長男が拒否したため方針変更。 おうち森のようちえんを実践中

大人が「おうち森のようちえん」に入園すると起こる3つのこと

「おうち森のようちえん」とは、私がつくった造語です。大人も子どもも共に好きなことを好きなだけする、何もするべきことのない時間が溢れた空間のことです。つまり、家で暇につかりまくる!ということです。おうちで今日から実践できます。

 

我が家は長男が自然の中をあまり好まないので、本来の森のようちえんのように、自然の中で過ごすことはできません。でも、森のようちえんで大切にしている「大人のかかわり方」や「子どもの自然な姿」を大切にしながら、森のようちえんの精神でおうちの中で過ごす。それがおうち森のようちえんです。ややこしい。

 

【過去記事】おうち森のようちえん開園 - 森のようちえん きらめき

 

「おうち森のようちえん」と自然派のような銘を打ちながら、一日の朝はだいたいゲームかyoutubeなどのデジタルな遊びから始まるギャップに溢れています。そんなおうち森のようちえんで過ごす私たち親子には、しなければならないこともなく、毎日したいことをして暮らしています。しなければならないことのない生活を続けていると、自分のしたいことが何なのか考える時間が増えます。人間って何をしてもいいし、何もしなくてもいいんだなと知ります。

 


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食べたいときに食べて、寝たいときに寝る。そして、遊びたいだけ遊ぶ。それは小さな子ども時代だけの特権かと思っていましたが、そうでもありません。本当は大人にも、誰にでもできることなのです。

 

大人は会社で働かなければならない、家事をしなくてはならないと思っているのは自分の中の、誰かから教えられた常識です。おうち森のようちえんとは自分の中の自然のまま過ごすということです。おうち森のようちえんで過ごしている私に起こった3つのことをお伝えします。

 

①自分の人生を見つめ直すことができる

私はおうち森のようちえん活動のために(=暇につかりまくるために)家事を最小限に抑えています。食器洗浄機、乾燥機付全自動洗濯機、ルンバを導入して、大半はロボットたちに丸投げ。ご飯は一品しか作らないこともあり、服の片付けに追われないように衣類も3着程度を着まわしです。そうしてつくった時間で自分の好きなことをしています。

 

暇につかりまくると考えるようになります。自分が欲しい生活の形とはどのようなものか。それは働き方、生き方を問うところから始まります。ふりかえって考えて、自分の本当に大切なものを考える時間を持たないと、何も考えないうちに、あっという間に人生は終わってしまいます。

 

何かを得たいと思うなら、何かを手放さないといけません。私は家事のクオリティを下げることで、自分の時間を得ています。あなたが今していることは、本当に自分のやりたいことですか。あなたの望んだ生活の形、あなたの望んだ生き方ですか。おうち森のようちえんにある暇な時間は、そう自分に問いかけることのできる時間です。

 

②何かをつくってみたくなる

大人になってから暇につかりまくったことはありますか。私は子どもを産んでから暇になったというと誤解を与えそうですが、外から与えられるやるべきことはなくなった感覚があります。初めは手探りなので、いろんなことをし始めました。とにかく本を読みました。子育て方法論や海外の教育の姿などとにかく子どもに関する本を読みまくりました。その中で森のようちえんに出会って感銘を受けます。

 

森のようちえんの真似をして長男と二人でとにかく野外で遊びまくってみました。長男を外に連れ出す時間を「つくるため」に、私は家事の時間の最適化にはかなり力を入れました。そのために断捨離や収納術や家事術などの知識を得て実践を繰り返してきました。子育てはクリエイティブです。

 

私は時間を「つくって」いたのです。それから、自分で森のようちえんきらめきのサークルを「つくって」、長男とぶつかって、今はおうち森のようちえんを「つくった」という流れを辿っています。

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最近の生活では子どもたちと3人で過ごす時間は1日に11時間程度ですが、その間にとる家事の時間は一日に1時間くらいです。そうなってくると、やはり感覚的には暇です。自分でつくりだしたその暇の時間につかりまくると、読書やネットサーフィンにもいずれ飽きて、不思議と何かを「つくりたく」なります。

 

休日になると、ショッピングモールに出かけて、ショッピングや外食をしてお金を使うという楽しみがあります。でも私は最近その休日の過ごし方にはうんざりしてきました。消費する楽しみというものに飽きました。欲しい服も靴も何もない、高いお金を払って大した量の野菜も食べられない外食にも満足感を得られません。休日の人ごみにもうんざりです。

 

何かを買って、それを所有する活動には飽きました。たくさんのものに囲まれて、消費に疲れてしまいました。何かをつくるという行為の方がずっと面白いと感じています。何かをつくるための材料を探しているときはわくわくします。暇で暇でしょうがなくなると、自分で何かを「つくりたくなる」のです

 

最近は文章をつくることも楽しくて、ろうそくをつくってみたり、新しい料理に挑戦してみたりしました。料理も家事のルーチンワークとしてこなすのではなく、私の創作物としてつくると楽しいです。

 

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 手づくりろうそく。長男次男は興味がなく、私と姪っ子でつくった

 

暇な時間、ゆとりのある時間、空白のある時間、それが何かをつくりだすための原動力になります。今現代に根付いている文化、芸術はどれもありあまった空白から人間が生み出した人間の財産です。

 

③子どもとの関係が良くなる

暇になると、自分の好きなことを十分にしているので不満がありません。子どものすることにもいちいち目くじら立てることもありません。暇は余白、心の余裕です。心に余裕があれば、子どもに優しくなれます。

 

特に子どもには空白の時間が必要だと思います。学校では先生の決めた指導内容をこなし、決まったカリキュラムの間の自由時間を楽しみます。帰ってきたら習い事、習い事が終われば明日のために早く就寝。子どもたちは意外と多忙です。カリキュラムや習い事はそれ自体楽しいものだと思います。新しく入ってくる知識はそれだけで楽しいものです。

 

でもそれは、外から与えられた刺激で、エンターテイメントのようなものです。自分の中から湧き出す衝動に従いながら、何かをつくりだしてみたり、探してみたりする楽しさとはまた違います。私はこの中から湧き出す何か「創造性」を大事にしたいです。

 


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子どもはみんな創造性の塊です。子どものすること、創造性を阻まなければ子どもは自然とつくっていきます。親は木の上に立って見守るだけです。

 

親はついつい口を出したがる生き物です。子どもに余計な指図をしないよう、むしろ親も、自分の好きなことをしまくる「おうち森のようちえん」で楽しく過ごしていましょう。親も子どもも好きなことを、好きなようにしていればみんなハッピーです。暇につかりまくる「おうち森のようちえん」ぜひ入園して体験してみてください。


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